この場所で人が亡くなったことを、あなたは知っているのだろうか

毎日同じ時間のバスに乗ると、
彼らも同じ時間のバスに乗っていることが多い。
毎日のルーティン。

私は彼らをなんとなく眺め、
どんな生活リズムで、どんな職に就き、何を食べ、何を快として生きているのか、
そして今日の服装はどういうものか、
なんとなく考えてしまう。

バス車内の9割、否、9割5分が背筋を丸ませ
スマホと対峙している姿は見ていて面白い。

まあ私は否応なく仮眠時間に充てますけどね、
と体勢を整え一呼吸する。

バスが次の駅に停まろうとした。

この場所で人が亡くなったことを、彼らは知っているのだろうか。

善いとされている「毎日の生活ルーティン」に乗せられた私と彼らは、
その善いとされているものに目を瞑らされている。

いつの間にか添えられることのなくなった花は、
きっとその日から1年経った、の意味でもあるだろう。

そこにあった面影はこうやって空気となって漂い、
かく言う私と彼らは面影を残しながらも、
ルーティンに乗っているだけで最早ただの空気だろう。

そんなことを思いながら、私は瞼を閉じた。