トライアンドエラーセプテンバー

 駅近の狭いスーパー、死闘の繁盛時。

レジに並ぶ人々と所狭しと陳列された食品に囲まれ、

立っているだけでも目眩がした。


前の前の客は、タバコ一つをレジで頼んだ。

この時間のスーパーでタバコ一つという空気の読めなさと、「店を出たすぐそこにコンビニがあるだろうが」という怒りと、そのレジにタバコ棚が無く、遠くのスタッフに「マイセン1つー!」と大声で指示するレジスタッフへの同情。

「すいませーん」などと言いながら愛想の良い笑顔をレジスタッフに振りまく、

私服勤務OKのオシャレ系サラリーマンと思しきその客の顔面を他客とレジスタッフの代わりに私が殴ってあげようかとすら思った。


前の客はと言うと、

籠から溢れんばかりのクッキー、煎餅、チョコレート。

溢れんばかり、と謙遜してはいけない。素直に溢れている。

それを目にした途端意識が薄く遠のく感覚を覚え、意図的に大きな呼吸をした。

この量のお菓子を買うならドンキへ行け。

いや違う、ネットで発注してくれ。

この量は町内のこども会で配るレベルの量だ。

中年のあなたは、このお菓子に何を求めているのか。


オシャレ系サラリーマンとお菓子系中年に比べ、私のレジはものの数秒で終わる。

スマホに入れたポイントカードも予め準備し、スムーズにポイントをつけてもらう。

使い慣れたセルフレジでクレジットカードを財布から出す。

カードを通そうと手元に目をやると、隣で清算をしているお菓子系中年のマイバッグが

私が使用している清算レジスペースを占拠し、大きな溜息とバレないように薄く長く色の濃い息を吐く。


さっさと清算を済ませ、放り投げるようにマイバックに商品を詰め込み、音を立てないよう籠は静かに籠棚に戻し、逃げるように店を出た。


狭い広場になっているその場所には

保育園帰りの子どもと母親、キャッキャと内容の無い会話をする女子高生、スケボー片手にダベる若者、疲れ切ったサラリーマン、甘ったるい一つのフラペチーノを二人で堪能するカップルで溢れている。


ここにいてはいけない、と脳みその片隅が発した。


オシャレ系サラリーマンもお菓子系中年も

どちらかというとこの狭い広場に集結する人々の群れの一部だ。

商品棚に圧倒されて目眩を起こしたり、

レジスタッフの代わりに客を成敗しようとしたり、

お前はドンキを超えてネット発注しろと思ったり、

溜息を溜息と思われないように溜息をついたり、そんなことはしないだろう。

彼らは彼らの時間を、大人として人間として社会人として消費者としてただ真っ当に生きているだけで、予め財布の準備をしたり静かに籠を戻したりしながら裏で立派に毒付いている私の方が十二分に異端だ。


今にも雨が降り出しそうな重い灰色の空に全身を包まれながら早歩きで広場を離れた。


今の私には何もない。

辛うじて帰る家と料理をする気力とそれを食べてくれる夫がいる。

その夫にも、私が仕事を全てキャンセルせざるを得なかったことにより精神的な負担をかけてしまっているかもしれない。


私は大人として人間として社会人として消費者として、彼らの群れの一部に再び戻ることはできるだろうか。

ていうか、私みたいな人間は実際日本にどれくらいいるのだろうか。

なかなかの数が実は潜伏しているんだろうけど、

みんな苦しみながら生きているなんてわかりきっている事だけれど、みんな綺麗な体で生きているだけだともわかりきっている事だけれど...。


そんなことを思いながら、人気が静まった場所のコンビニでタバコを買った。



──結局、雨は降らなかった。

灰色の空は、どのくらいの速度でどこにに向かうのだろう。

あと何度この曖昧な色の空がやって来て、

「降るか、降らないか」と様子を見上げるのだろう。