新宿駅西口

 


新宿駅西口から徒歩数分、南口付近。

この場所から更に徒歩10分ほどの夜行バス乗り場に通い詰めていた数年前を不意に思い出す。バスタ新宿がまだ無かった頃だ。


当時愛知と東京を行き来し仕事をしていた私は深夜バスヘビーユーザーで、最も使用したバス乗り場が新宿駅西口。

ありとあらゆる深夜バスサイトを網羅し最安値チケットを一秒でも早く購入するスキルを身につけていた。

数日間纏めて仕事やオーディションをこなし、落ち着いたら愛知へ帰る。そんな生活。


東京に居る数日間分の荷物を大きいバッグやキャリーケースに入れて友人の家に居候していた。

友人の都合もあるので居候させてもらえる家が自然と増えていった。

布団も要らない、床でいいから泊まらせてくださいと土下座したこともあった。

それでも友人の都合がどうしてもつかない時は漫画喫茶で寝泊まりした。

漫画喫茶のメンバーズカードは財布の中のヘッドとなっていた。

いつ変動するかわからないスケジュールの時はいつもその大きい荷物たちと共に行動していた。

仕事を終えて満身創痍で街中を歩いていたら「邪魔なんだよ!」とキャリーケースを通り過ぎざまに蹴飛ばされたこともあった。

勿論誰も助けてはくれなくて、その街に私だけくっきり取り残された感覚は今でも忘れない。


それでも東京に住むことがどうしても嫌だった。

理由は色々とあるが「江戸には住みたくねえ!江戸は住む場所じゃねえ!」と尾張のやや中心で泣き叫んでいたほど。


早朝、新宿に到着するバスを降りるとき、街に臨む緊張とどう足掻いてもそれには勝つことができない無力感、そんな私へ(もしくは街へ)立ち向かう憤怒と共に、先ずは吉牛を探した。

角にある吉牛が駅への目印で、そこを過ぎると混濁した想いがより勢いを増す。

駅までほんの2,3分。

酔い潰れて路上で寝る人や遠慮なくぶち撒かれている吐瀉物、「何やったらそこまでなれるの?」と聞きたくなる素晴らしい千鳥足で歩道から車道へ飛び出してしまう人。


私にとってこの街は、全て異質で、全て敵で、全てが戦場でしかない。

そんなことを思いながらそんな人々をその場に置き、私は駅の改札を目指して歩を進めた。




そこに私は今日立っていた。




コロナ禍になってから夫以外の人と外食をすることはゼロに近かったが、

仕事後、久しぶりに撮影クルーの方々と食事をし、楽しく時間を過ごした帰りだ。

焼肉屋の熱気と昂る脈拍を保ったまま冷えた屋外へ出る。

今日は久しぶりに寒くてスプリングコートで新宿駅へ向かう私は細かく震えていた。

数年前の私は、バスを待つ夜空の下でじっとしながら震えていた。


「江戸には住みたくねえ!」の私の想いは結果的に幸か不幸か見事に打ち砕かれ、

最近は「東京では死にたくねえなあ..」まで譲歩している。

そんな私を褒めてあげたい。


このたった数年で、ここに立つ私の状況は随分と変わってしまった。

都民になった。突然友人を亡くした。結婚をした。所属していた事務所を退所した。

大きい道路の名前を少し覚えた。西口と東口は少しだけ把握できるようになってきた。新南口は未だによくわかっていないけど。

でも、中身はそれほど変わっていない。と思いたい。



今年は久しぶりに愛知に帰りたい。

深夜バスでなく、新幹線で。