リターン 前編
そういえば東京に来てから図書館に来るのは初めてだった。
ビルの中にあるそこは静かで広くはなく、蔵書は少ない。
ただただ均一に時間だけが過ぎていく、規則正しい雰囲気。
でも高校3年、学校帰りに毎日通った図書館と規模も本の数も来ている人々も酷似していて、静かに並ぶ本たちを眺めて妙に安心した。
ギリギリまで学校に居残って勉強し、「帰宅しろ」のチャイムで学校を出、その足で地元の図書館に向かい、3時間だけ勉強の続きをする。
席を確保したら隣のスーパーまで出て冷たい烏龍茶500mlペットボトルを買い、図書館に居る間にそれを飲み切るのが日課。
部活を引退して筋肉が減り脂肪が増えた。
「烏龍茶は脂肪を燃焼する」の迷信を信じて毎日飲み切った。
図書館内は飲食禁止だから休憩がてらエレベーターホールまで出、エレベーターの横にある階段に座り曇って光る階段のライトを眺めていた。
机に戻る前、一通り本を眺める。
他の机では同じ受験生が黙々とシャーペンを進めている。
私も戻るしかない。
大学3,4年で就職活動をしなかった私は同じ図書館に通っていた。
単位をほぼ取り終え、時間を持て余していた。
就活学年とは思えない量の映画を見、数年ぶりにその図書館に舞い戻って、
あの時手に取ることができなかった、仕方なく机に戻っていた私を取り返すように本を借り続けた。
当時はこれでもかというぐらいメイクが濃かった。
少なくとも、私が図書館にいる時間はこんな形相をした人に出会ったことはない。
そんな人が定期的に貸出受付にやってくるのを、スタッフさんはどう思っていただろう。
みんなが就職先を決める頃には図書館からパソコンの前に居場所が変わっていた。
書き切らなければ卒業できない。
卒論の内容は覚えていない。
今日、懐かしい本の並びを見て、またあのとき時間が止まっていたことを思い出す。
東京に来てからいくらでも時間はあったのに図書館に行かなかったのは、
此処に馴染むのが嫌だったからかもしれないとふと思う。
仕事のために泣く泣く此処に来た私から、
生活をするために此処に居る私に変わった。
当時の私からすると、幾分悲しい事態となっている。
昏々と眠り続け、目が覚めたら図書館に行こうと思う、
それは私が此処居ることをついに許し始めたが故か、
それとも、昔の私を思い出そうとしているが故か。
図書館に行く前、スーパーでペットボトルのお茶を買った。
烏龍茶ではなく、冷たい「とうもろこし茶」。
急に冷たいお茶を飲んだからか、お腹が冷えて痛くなる。
やはり時間は均一に過ぎているらしい。