セッターの副流煙、強靭な胃袋、私はどうやらボクシング
癌、葬式、仏壇、墓。
忘年会という名に全くもって相応しくない話題で
おでんを食べながら2人で盛り上がり、
場所を変えようとすぐそこのマクドナルドで近未来化したスクリーン注文に度肝を抜かしつつ其々コーヒーをオーダーし、
席に着くなり結婚、セクハラ、退職、転職、部長クソ、揉み消しクソ、
そして再び癌の話に戻る。
セブンスターの副流煙で意味深げに私を覆うおでん屋で隣に座っていたおじ様。
バリューセットを空気のように完食する「若者の特権、強靭な胃袋」を持ったギャル×2。
そして私の前には、
ほぼ寛解状態の癌サバイバーである10年来の私の友人。
ふと思い出した数十分前の光景と
今この空間に居る彼ら、
其々の温度差に少し笑いそうになった。
私は今、人生に於いて彼らの丁度隙間にいるのかもしれない。
意識を友人に戻して想う。
抗がん剤の副作用で苦しむ姿も、
「あ、これそろそろマジで逝っちゃうかも」とこっそり思ってしまった満身創痍の姿も、
嬉々として本や映画の話をしてくれる姿も、
そして今、私の取り止めのない話を人生の先輩として真摯に受け止めてくれる姿も、
彼が鞄に付けているヘルプマークが彼の一生を物語っていて、
痛々しくもあり、しかし、彼の生命力の証でもあった。
体力ゲージ少なめの私たちは
毎度世の人々より早めの時間に解散をする。
私はいつものように徒歩で家路についた。
電車やバス、タクシーを使わず
徒歩で帰宅するのは、我に帰るため。
何も飾らない、元の私に戻るため。
冷たい風の洗礼で両耳がガンガンと痛んだけれど、
痛みを共わないと冷静になれないことがある。
それは身体的にでも、心理的にでも。
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家に着くとポストに
かかりつけ医から私宛の封書が入っていた。
4、5枚の紙を開き、
不穏な赤文字が目に飛び込む。
冷風の洗礼を受けた両耳が
じんわりと和らいでくる。
セッター副流煙のおじ様、
強靭な胃袋ギャル×2。
寛解状態の友人。
陽キャ化したストレス満載酔っ払いサラリーマン。
膝丈コートから素足を出しピンヒールで闊歩する(できていない)安めの店であろう夜のお姉様。
路上で激昂する男性とその向かいで呆然と立ち尽くす女性。
「安全パトロール」と書かれた蛍光イエローのベストを装着した町内会の集まりであろう人々。
誕生日とかどうでもいい。
記念日とか云々とかごめん、どうでもいい。
ただ私は粛々と一日を生き
一生で考える。
何故こんな可愛げの無いダウナー思考になったかって、
世の理不尽さが教えてくれたんだよね。
癌、葬式、仏壇、墓。
結婚、セクハラ、退職、転職、部長クソ、揉み消しクソ。
小考し、今度こそ少し笑った。
今年のケリはまだついていなかった。
私は今、人生に於いて彼らの丁度隙間にいて、
私は今、年を跨いでボクシングをすべき時らしい。
くっそー。私にも強靭な胃袋をください。