きっと少しは救われた

 


真っ先に頭に浮かんだのは自死を選んだ学生時代の友人のこと。
もう10年ぐらい経つのかもしれない。

苦しんでいることを十分に知っていたからか、
一報を受けたときは悔しさと彼女を守りきれなかった責任感とでバイト中にも関わらず声を出して泣いた。
同じくして「頑張ったね、お疲れさま」という言葉も私の中に浮遊した。

こう思ってしまったのは間違いだったのだろうか。

この一説は、法とか論理を超越した人間の真理でもある。
...と私は思う。
少なからず私は、そしてきっと彼女も、救われたのではないだろうか。