ただ「好きだから」番外編

極力「素敵」という言葉を使わないようにしている。
ポジティブな意味合いに間違いはないけれど、
「言っておけば嫌な印象は持たれない」という良い所しかない優秀で利便性が高い言葉でありながら、その手軽なところに妙な安さを感じてしまう瞬間があるから。

仕事柄、感想や意見をその場で言うことが多々あるけれど、
その仕事中は特に【素敵使用禁止令】を一人でこっそり心掛けている。

そう心掛け始めたのは友人と他愛もない夢の話をしていた時。
夢は将来の夢、ではなく、寝ている時に見る夢の方。
彼女は夢で見たある部屋の情景を話してくれていた。
本当に本当に、ただのスモールトークに過ぎなかった。
にも関わらず、彼女はサラリと「美しいダイニングテーブルとチェアが置かれていてね〜」と言う。

美しい、と何の違和感もなく使ったことに目が覚めた。

その時点で彼女とは出会って10年以上経っていたし、
私も10年以上この仕事をしているけれど、
彼女のように想像を掻き立てるような描写や感想、意見を巧みに話し言葉で表現する人にはなかなか出会わない。
このスモールトークの場合、利便性が高い「素敵な」を使う人が多いだろう。

日本人にとって「美しい」には、言葉として発するとちょっと敷居が高くて恥ずかしい、高貴で優美な印象があるのかもしれない。
そう考えると日常生活では使いにく言葉ではある。

でも、彼女は漠然とした良い所しかないポジティブワードの「素敵な」ではなく、
其処からどんな素敵さなのかを表した「美しい」を「ダイニングテーブルとチェア」に対して使う。

スモールトークはその後も続いたけれど、
突き抜けた青空の如く嘘偽りなく、
ただ純粋で真っ直ぐな姿勢を見せてくれる、そして居続けてくれる彼女に、
やっぱり私はこういう人が好き、と心に留めた暖かい瞬間だった。



── そんなことを急に思い出す。 

私は持ちあわせていないその天性のスキルに憧れもあるからかもしれない。

そしていま、そんな彼女が恋しいのかもしれない。