その子
夕方の電車、私の隣に座った20代そこそこであろう彼女は徐にパソコンを広げ作業をし始めた。
すげーな、電車で作業しちゃうタイプね。
少なくとも私より確実に若い彼女は私より確実に忙しそうで私より確実にしっかり生きている。
洗練された今っぽいオシャレをし、感じの良いおそらくアルコール量少なめであろう香水を程よく体に纏わせ、ヘアのカラーリングも素敵、バックもなんかよくわかんないけどたぶんどっかのブランドさんのもの。
あー、きっとこういう子がモテるんだろうな、第一印象の嫌味が全くない、出過ぎず引きすぎず良い塩梅、第一印象が良い塩梅って最強かよ、なんだよそれ参考にしたいほどだわ(もう遅いけど)。
そう、意外と人は見ている。
もう二度と会わないであろうその子、顔は既にすっかり忘れたその子、ただ「嫌味がない」という曖昧すぎる印象だけ残っているその子。
明日の朝になれば彼女の存在自体私の記憶から92%は霞んでいるだろう。
強いてその子の残念なところを挙げるとすれば、
パソコン作業を公共交通機関内でしてしまったことだろうか。
ごめんね、隣に座っていた30代そこそこの残念なお姉さんは、視界に入ったパソコンのスクリーンから思わず目を背けたよ。
名前と会社名と役職と住所と電話番号とURL、
記憶力ズバ抜けてる奇才だったら全部覚えられちゃったよ。
ついでに重要そうなメールボックスも開いちゃって返信し始めちゃって、
もうそこからは心の目も背けたよ。
隣に座っていたのが30代そこそこの残念なお姉さんでよかった、、
とそのお姉さんは冷や汗をかきながら電車を降りた。
その子の今日に、この30代そこそこの残念なお姉さんは、ただの景色でしかなく微塵の記憶も残っていないだろう。
もしかしたら私が心の目を背けて勝手に冷や汗かいているところを、
また別の私のような残念な人が見ているかもしれない。
いずれにせよ、もうきっと二度と会わないし会ってもその頃には150%霞んで、というか寧ろ無くなってしまっているだろうから全く問題ないのだけど。
見た目も行動も仕事も地位も名誉も真逆であろう二人が電車で隣に居合わせてしまう。
そんな東京、放出された場所でまた生きるその子。
頑張って生きて。