リターン 後編
金原ひとみ「憂鬱たち-デリラ-」より |
前回借りた本を返そうと、半ばスキップで図書館へ向かう。
館内に入り前に目を向けると、赤のカラーコーン達が目に飛び込んできた。
手前の窓口には係のおじさんが居て本は返却することができた。
が、私の行手を阻むカラーコーン達を呆然と眺めていると、
緊急事態宣言で図書館の本の貸出、閲覧が全て禁止になってしまった、とおじさんが優しく教えてくれた。
この場所にやっと帰ってきたのに、
私の居場所を見つけられたと思ったのに、
私が居ても許してくれて、私が居ても誰も何も言わない場所なのに、取り上げられた。
赤のカラーコーンで無機質に私を拒んでいる。
「私の半ばスキップを返せ」
心の中で何かに吐き捨てる。
此処にはきっと私と同じような立場の方々がたくさんいた。(主に高齢者)
人間とお話をするわけではなく、ただ本とお話をする。
受動且つ能動的な一時の静かな学びの時間を取り上げられ、
そうかと思えば街には夥しいほどの人間がばら撒かれ、
澱み荒い大きな波が私の中に映される。
結局私は真っ直ぐ家にリターンした。
今日だか昨日だか、緊急事態宣言の内容に緩和が見られたらしい。
私の居場所も緩和対象になっただろうか。
赤のカラーコーン達は無機質に退かされただろうか。
私と同じような立場の方々はあそこに帰ってきただろうか。
背中を丸くして本と対峙する、あの安らかなシルエットたちを目にできることを胸に、
私の再リターンを遠く待つ。