武装 中編

仕事のため、朝バスに乗るとほぼ満席で、
立ち続けると腰を痛める癖がある私は、バス奥の二人席に向かう。
既に女性が窓側に座っていたけれど、仕事前に腰を痛めたら辛い。
隣座らせていただきますね、の意を込めて軽く会釈をするも、
彼女はずっと手元のスマホに向かい器用に人差し指を動かし、
ずっとスマホゲームをしている。

器用すぎる右手の人差し指と、
画面の中のカラフルなマルが爆発を続ける画が視界に入った瞬間、
軽い絶望と吐き気に襲われる。

私もスマホゲームはダウンロードしているし、
寧ろ昨年の今頃は課金厨だったが、
そんな家の中でしかやったことはない。
通勤中になんてもってのほか。

バスの中を見渡すと、やはり大体皆心など伺えない。
車中の空気は安定して死んでおり、
「ここに馴染んではいけない」と鞄の中から本を取り出して読み出すも、
隣で繰り広げられる器用な指先とカラフルなマルの爆発のチカチカする画がどうしても脳内から拭きれない。

このままでは侵されてしまう気がして、
本来降りるバス停より2駅前で降車し、チカチカをかき消すように黙々と歩いた。




あいつバスの中ですらゲーム厨ってことは家の中でもゲーム厨だろ、
と心が騒つくも、
「人それぞれの時間だから気にする必要はないでしょ」と帰宅後に100点満点の返事をくれた夫の言葉に、次は自己否定の心が騒つく。

彼ら、彼女らは決して人に迷惑をかけていない、
それぞれの時間を過ごしているだけなのに、
勝手に慄く私は荒んでいる。

何重にも着た鎧はただ重く、ミシミシと音を立て圧迫される骨の如く私を内から苦しめ、
何のための鎧かわからない。鎧の意味を成していない。

同時に、そんな私は何のための存在かもわからない。
勝手に絶望し、勝手に慄き、勝手に荒む私なんぞ、
あのバスで立ったまま、本当に腰が砕ければよかったのにとすら思う。




この世界にはもっと綺麗で美しいものもあるはずなのに、
何故私はこうも生きることに向いていないのか。
金木犀の香りが心地よく纏う外気を、
何故私は心から落ち着いて喜ぶことができないのか。

しかしながらきっと、美しいと思えることがあっても私のホームは変わらない。
これを脱ぐことができたら、ホームは変わらなくとも見える景色は変わるだろうか。



そんな事を思いながら、また今日もバスに乗ることになる。