美味しく、

薬を受け取る際、薬剤師のお姉さんに「ご飯、美味しく食べれてますか」と聞かれる。
この十数年で薬剤師さんから何百回も薬を受け取ってきたけど、この質問は初めてだった。

薬を受け取る際、声をかけられるとしたら
「調子はどうですか」
「薬を飲んでて困ったことはないですか」
のどちらかが一般的な声掛けだ。

今日はあまりにも不意打ちすぎた。私自身何と答えたか定かでは無い。
でもその後お姉さんと目を合わせられなかったことは覚えている。


「食」に然程興味が無いということに気づいたのは数年前。
学生時代からの友人に「ずっと思ってたけど、あなた食に興味ないよね」と言われた時だ。

美味しいものを食べられることに越したことはないが、そういえばそこに幸せを感じたことはとてつもなく少ない。
有名なレストランとか、美味しい定食屋とか、巷で話題のカフェとか、そういえば全く知らない。知ろうともしていない。
食事に行くときは絶対に自分で場所を決めることはない。
Googleマップで行きたいご飯屋さんをピン留めしている人を見て真似してみた時もあったけれど、(今確認したら)7軒で止まっていた。


食べないことは、生きないこととセミイコールである。
そうなってはダメだという戒めのように、私の食は義務と化している。
質問に答えるとしたら、「美味しくはない、かもしれない」だろうか。

この答えから逃げるように、私から逃げるように、
薬剤師のお姉さんと目を合わせることができない自分が虚しく廃棄される生ゴミのように思えた。

その生ゴミの背を見送る薬剤師のお姉さんは私をどう思ったか。
もしかしたらお姉さんにとっては当たり前のテンプレ台詞だったかもしれない。
ただ仮にテンプレだったとしても、彼女にとってその言葉がキーであるということは間違いない。
当たり前である食が、「美味しい」と感じることが当たり前でない人もいる。
それをわかってくれている人がいるという事実だけでも、少しだけ足元が柔らかくなった気がする。

生ゴミなりに良い薬剤師さんだったと微かな温かみを抱きながら、
気づいたら1時間かけて自宅まで歩いていた。
きっと柔らかさが嬉しかった。